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カーボン紙を用いた摺り

はじめに
 版画家はそれぞれ独自の制作スタイルを持ち、下絵や元となる版を様々な方法で版へと転写する。それは例えば、弁柄の念紙で、捨て版法で、校合摺で、コピー転写でであったりする。そして、最も手軽なゆえに多用されるのはカーボン紙ではないだろうか。カーボン紙とは一般に伝票などの複写に用いられる、感圧式のインクを塗布したシート状のもので、筆記する紙と複写する紙の間に挟んで使用する。市販されている色の多くは黒、藍、赤である。本稿では、このカーボン紙を色材として用いた木版画技法について取り上げる。木版の上にカーボン紙を裏返し、つまりカーボン面を上にして置き、さらに紙を重ねて伏せ、紙背からばれんで加圧することで版を写し取る。(fig.2)このような簡便さがこの技法の重要な要素のひとつである。さらに本稿では、手で摺るという版画の原初的な面白さを指摘し、ばれんの道具としてのすばらしさを広めたい。以下、ばれんとそれに類する手による場合を「摺り」と、摺りを含むプレス機やその他の方法による一般的な場合を「刷り」と使い分ける。字義字源的には正しい使い分けとは言い難いが、本稿のばれんを活かすという意図からこのようにする。


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fig.1)カーボン紙
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fig.2)カーボン紙を用いた摺り

カーボン紙を用いての刷りの実験
 カーボン紙を用いたばれんによる摺りとプレス機による刷りを比較する。カーボン紙のインクは、複写をとる際に余計な部分を汚さないために、版画で使用するものと比べて粘度が低く、そして硬い。また、カーボン紙に塗布されている量が最大限なので、油性インクや水性絵具と比べて、刷りに使われるインクの量は非常に少ない。そのため、注意点として色材による紙と版との密着性が低く、刷っている時に紙と版がずれる心配がある。このようなことに注意しながら以下の実験を行った。

カーボン紙:ゼネラル社製ゼネラルゾル#1300黒片面筆記用、それぞれ新品を用いた。
版木:とも芯シナベニヤ、厚さ6mm、190×250mm
木版プレス機:1m幅、ローラー径10cm、支持体となる紙とプレス機との間には当て紙は挟まず厚さ2mmのアクリル板を使用。
コピー用紙:厚さ約0.11mm
ばれん:八コ中芯、小ナイ約2.1mm、大ナイ約5.9mm、ばれん径125mm四寸一分
トレーシングペーパー:厚さ約0.05mm
ばれんを用いた摺りは、部分によって意図的に力の掛け具合に差をつけている。

プレス機による刷り
 プレス機は強い圧を掛けることができるため、この刷りにおいてもその性能を発揮する。カーボン紙インクの低粘性と少なさのため、木目などの細かい凹凸までも繊細に、そして正確に拾うことができる。(fig.3)布目を用いることもできる。しかし、その繊細さゆえ、微少な片圧、プレス機回転速度の変化、厚めの当て紙のなだらかな凹凸にも反応する。また、1度使用したカーボン紙を再使用すると、カーボン紙のインクが部分的に少なくなっているため、以前の絵柄が白抜き状に表れる。これも、繊細さ、正確さゆえである。(fig.5)

ばれんによる摺り
 ばれんで摺った画面には、プレス機による刷りと比して、大きく2つの特徴が挙げられる。ひとつは、版のエッヂには強い圧が掛かるため、活版印刷のマージナルゾーンのように濃く色が付くことである。掛けた力と同じ力で同時に版からも押し返すため、力の掛ける面積(ばれんの芯のコ数、太さによる)も掛かる面積も小さい方が圧力は大きくなる。本来は、主版のような摺る面積の小さい版には細い芯の弱いばれんを用いる。エッヂが濃くなることで彫った形を活かすことができ、全体にあまりインクが載らない画面を引き締める役割も果たす。また、エッヂが濃く出ることは、転写の際の形を写すという目的に適っている。元々、この技法は転写の際にできた摺りが面白かったことがきっかけとなっている。カーボン紙で摺った紙を新たな版に伏せて上からばれんでこすれば、紙に付いたインクを版に転写することができる。


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fig.3)プレス機/コピー用紙
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fig.4)ばれん/トレーシングペーパー
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fig.5)カーボン紙再使用
fig.3で使用したカーボン紙と未彫の版木を使用

ばれん条を利用した摺り
 ふたつ目はばれん条が挙げられる。カーボン紙の使用には、明瞭に複写をとるためにボールペンなどの先端が尖っているもので書くことが推奨される。ばれんは芯に金平糖と呼ばれる突起を有する。(fig.6)この金平糖のひとつひとつがボールペンの役割を果たす。カーボン紙のインクの低粘性と少なさは金平糖によって必然的にばれん条を出させる。これは裏を返せば、広い面積をつぶすことができないということでもある。だが、印刷のための版を表現のための版と捉えたのと同様に、ばれん条による表現という捉え方もできる。
 これまでも、ばれん条を利用した表現は数多くあった。特筆すべきものとしては、1920年頃の渡邊版による伊東深水の作品に散見できる。これは版画に対しての刷りの位置付けについても深く考えさせられる事象である。
 力の掛け方や、ばれんの動きを画面上に表すことができ、ばれんによるニュアンスを加えることができる。このカーボン紙を用いた摺りが、プレス機による刷りにはなかった表情によって、ばれんの性質を顕著にさせる。ばれん条が、圧を強める金平糖の構造を証明し、そしてベタ面の揺らぎが手とばれんによる摺りをより強調する。通常、水性絵具を用いたときのばれんの使い分けは、主版やベタ面などの版の彫りの状態、ごまやつぶしなどの摺法、紙の厚さなどの条件によって導き出される。しかし、カーボン紙を用いたとき、各種ばれんの使い分けは、ばれんの強弱や性質がばれん条によってそのまま絵の要素のひとつとして表される。(fig.7)カーボン紙の特徴によってつぶすことができないため、それを目的としないことで、ばれんによる摺りの表現が可能となる。プレス機によって版木の状態を正確に写し取ることとは対極をなし、摺りによる表現の役割をばれんが増加させ得る。


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fig.6)ばれんの芯
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fig.7)左:八コ細芯ばれん、右:ボールバレン(ユキバレン)
八コ細芯ばれん:小ナイ約1.3mm、大ナイ約4.1mm、ばれん径125mm四寸一分
ボールバレン(ユキバレン):ボール径4mm、199個、ばれん径121mm

道具、紙の工夫
 摺りの効果を高めるよう、ばれん条を出しやすくする新しい摺り具を提案する。極端に芯を太くしたものや、わざとちぐはぐに編んだ下手編みばれん。ばれん綱にくせをつけるために筒に巻いた状態から範をとったもので、筒や棒に四コや八コに編んだ糸をまばらに巻き付けた筒ばれん。これを2つ重ねてスキージのように摺ることで、平行線による表現に利用できるだろう。ボールバレン(ユキバレン)は特にばれん条を強く出すために、ボールの数を減らして間を大きめにとり、ばれん径を小さくすることで圧を強くしたもの。これは、カーボン紙のつながりで言えば、ボールペンを束ねた姿を模しているとも見ることができる。
 また、支持体である紙は、薄美濃紙をはじめ、雁皮紙、トレーシングペーパーなど極力薄いものでないと力が紙によって分散され、色があまり付かないばかりでなく、ばれん条も出にくいことも付け加えて指摘しておく。(fig.4、fig.8)


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fig.8)ばれん/レオバルギー
レオバルギー:厚さ約0.33mm
カーボン紙、版木、ばれんの条件はfig.4と同じ。fig.4より強く力を掛けている。

教材としての可能性
 近年、中学高校において、美術の授業時間は減らされている。続き2時間をとることはほとんどできない。そのようななか、版画を教材として採用するのを躊躇するのをしばしば耳にする。説明と準備に15分、後片付けに10分だと作業できる時間は実質30分もない。そもそも、この技法について考え始めたきっかけは教材研究としてであった。なるべく手軽な版画を提案できないだろうか。それでいて、そこには複数性や間接性、必ずではないが反転性などの版画としての一般的な性質も備えてほしい。そこで、インクをカーボン紙に置き換えることで掃除の必要を除き扱いやすいものにした。既に、中学校の選択美術で試していただいたが、別の機会にその報告ができればと思う。
 版材として扱いやすい紙版や、先述の布目やコラグラフやマルチブロックという選択肢もある。版を作るのが苦手な生徒には、摺りによって表現することもできる。様々なものでこすってみてもそのもの独特の摺り味がでる。定規、河原にあるような平たい石、スプーン、木片、金網など枚挙に暇がない。これは思いつき次第、身近にあるものがなんでも摺り具になる楽しさがあるのではないだろうか。これらを用いる場合、表現に向くか向かないか、版がどのような状態かを考慮しなければならないが。

おわりに
 プレス機は正確に版の状態を写し取ることができる。ばれんは摺りによって、版上にある以上のものを表現することができる。板目木版の制作で普段行っている摺りを、カーボン紙によってより顕著に確認することができた。カーボン紙を用いた摺りを、水性多色木版との併用で作品制作を試みている。(fig.9)今後更なる実験、工夫を重ね、より効果的な表現の創出に努めたい。

(初出:『大学版画学会学会誌35号』大学版画学会 2006年 岩佐徹「カーボン紙を用いた摺りについて―ばれんを活かす」)

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fig.9)作品「水たまり」 
2005年 91,0×60,2cm 木版 カーボン紙 水性絵具 薄美濃紙 半草楮紙
カーボン紙で摺った薄美濃紙を貼り重ねている。


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